愛好家インタビュー 金島 弘さん(千葉)
苦楽を味わう野池遊び
池上げは仲間との最高の楽しみに
千葉県銚子市は、黒潮と親潮が交わる海域に面することから銚子漁港が日本有数の漁港として知られ、犬吠埼灯台に代表される景勝地を有している。また、内陸部には台地が浸食されてできた細長い谷(谷津)が点在し、低地部分は水田(谷津田)として利用されてきたが、時代とともに使われなくなり一部は錦鯉の野池として活用されてきた。
同市で金島建設㈱を営む金島弘さんも、そんな野池を使って錦鯉を飼育する一人だ。会社の裏手には使われなくなった谷津田を造成した合計6面(約1000坪)ほどの野池があり、11月3日の文化の日に池上げを行うということで取材に伺った。
49歳ではじめた錦鯉飼育
60歳を機に野池飼育にも挑戦
―本日池上げをされるということですが、まずは金島さんが鯉を飼い始めたきっかけから教えて下さい。
金島 昭和42年頃、私が15〜16歳ぐらいの時に親父が一坪ぐらいのこじんまりとした庭池を作って、錦鯉を飼い始めたんですよね。当時は田中角栄さんが錦鯉を飼っていた時代ですから、ここ銚子でも右を見ても左を見ても錦鯉を飼っている人がいるぐらいでしたから。そんな影響もあって、池を作って錦鯉を飼っていたんだと思います。
それで、親父が2001年に亡くなってからは自分で池を管理するようになるんですけど、綺麗に掃除しすぎてしまうから2、3日するとみんな死んでしまうんです。お袋からは「じいさんの時はそんなに死ななかったけどね」なんて言われ、よくよく考えれば3分の1ぐらい水を残していたわけです。
―最初は誰しもが通る道ですね。そうすると、錦鯉をやるようになったのはわりと遅めだったんですね。
金島 そうですね。49歳ぐらいでぽつぽつと始めて。今の自宅の池を作ったのが親父が亡くなった3年後の2004年で、家を二世帯住宅に新しく建て直す時に一緒に池を作ったんです。敷地が60坪ぐらいしかないから、当初は池なんか作ったら……と家族から猛反対されましてね。だけど「家を新しくするのをやめる」と言ったら、仕方なく納得してくれて(笑)。下の息子たちも私の執念が伝わったのか加勢してくれて、念願が叶いました。配置を工夫しながらリビングや2階からも眺められて、作業がしやすいようフラットになるように設計しました。
―限られたスペースで水量を確保するために水深は深く?
金島 四隅の水深は1・8mで中央の深いところは2mあります。水量は池が30トンで濾過槽が3トンほどあります。
―池の囲いの外にあるのが濾過槽ですか。
金島 ええ。水深は1mちょっとで内部は4槽に分かれています。作った当時は、井上産業のマットを60枚ぐらい立てて入れていたんですけど、今ではそれがヘタってしまって掃除が大変なのでネットに入れています。









