販売店インタビュー 群馬県/桐生錦鯉センター 北條孝志さん
多趣味でも芯は「鯉道一筋」
ジャンボ、個性的な鯉が好きで
自他ともに認める「趣味人」の北條孝志さんが営む桐生錦鯉センター。錦鯉はもちろん、庭園、音楽、アート収集等、その好奇心の旺盛さは店内のそこかしこに見てとれる。かつては「1m」に憧れ全国を駆け回り、今でもその思いは引き継ぎながら、初心者のニーズにも柔軟に対応。同店はいつ訪れても、北條さんの人柄を表すような穏やかな時間が流れています。
店の始まりは持ち鯉の処分
創業43年で群馬一の老舗に
―桐生錦鯉センターさんは創業何年になりますか。
北條 昭和57年、27歳のときに始めて令和7年で43年です。
―北條さんはもともと鯉が好きで?
北條 趣味ですね。自分は次男だから、この家を継ぐというかここに住む予定じゃなかったけど、お祖父さんが作った池があって真鯉が泳いでいました。色の付いたのはいなかったなぁ。
―それが一番最初の鯉との接点で。
北條 まだ子供の頃です。お祖父さんがどうやって手に入れたのかわからないけど。昭和の戦後間もない、食べものが不足している時代、おっぱいの出が悪い女の人が鯉を……。
―ああ、妊婦さんが鯉の血を飲むと良いと言われてたとか、そんな話を聞いたことがあります。
北條 要は鯉には栄養があるっていうことなんです。だから滋養強壮というか、具合が悪い人たちにお祖父さんが黒い鯉を分けていたようで、観賞目的ではなかったと思う。鯉がいるのは自分が小さい頃から知ってました。
色の付いた錦鯉を見たのは小学校低学年のときかな。隣の家は着物とか帯の買継商という、今で言うところの仲介、ブローカーみたいなことをしていて、結構金回りが良かったんだね。今も残ってるけど、和風池を作って錦鯉を泳がせていたんです。それを見て「綺麗だな、良いなあ」と思ってました。それで小学校4年生か5年生ぐらいのときに池が欲しくなって、家の裏に小さい池を作りました。
―自分で掘って?
北條 隣にいとこが住んでいたので手伝ってもらって。ブロックを並べたような記憶があります。素人だから左官はあまりできなかったと思うけど、そこで魚を飼って。
―当時は近くに錦鯉を売っているお店はあったんですか。
北條 桐生市内に田島養魚場というお店があって、そこは錦鯉、金魚、真鯉、ウナギなどを売ってました。ただ、その池ではあまり上手には飼えなかったね。中学生になったら部活とかで忙しくなって、長くは続かなかったと思う。高校は佐野(栃木)で、佐野観賞魚という魚の問屋さんがあったから、何度か鯉を見に行ったことはあります。
それで本格的に飼い始めたのは大学生になってからかな。ブロックを積んで結構立派な池を作って。2年間ぐらい愛鱗会にも入ってました。だから今のお客さんには、その頃からの知り合いの人もいます。
―桐生にもたくさん愛好家がいたんですか。
北條 愛鱗会群馬県支部の桐生分会の品評会でも、今の県大会ぐらいの数が集まってました。群馬県支部で会員が100人以上いたんじゃないかな。大学を卒業したあとは大学院に進んで、東京のアパートのベランダにひょうたん池を置いて鯉を飼ってました。愛鱗会に入っていたから、それなりに見る目ができていて、こういうのが良い鯉だなというのは何となくわかってきて。









