ブリーダーズインタビュー 並木養魚場 鈴木利彦さん・一誠さん(静岡)
小さく育て、大きな結果を
国内需要に寄り添い小型主力で挑む
浜松市で国内向けの小型錦鯉を主力に生産・販売する並木養魚場。祖父の代に始まった鰻と金魚養殖をルーツに持ち、2代目が錦鯉生産へと転換して以来、国内市場を長年支えてきた。近年は生産量を抑えながらも選別を強化し、品質重視の鯉づくりに邁進。全日本総合錦鯉品評会では国魚賞や雅賞などを3年連続で受賞し、小型鯉で高い評価を獲得している。現在は4代目となる鈴木一誠さんが加わり、SNSを活用した情報発信や販売にも注力。国内需要に寄り添いながら、品評会でも結果を残す並木養魚場の取り組みと、親子二代が描く今後の展望を聞いた。
新たな血を入れ量より質へ
実績多数の12部が主力に
―並木養魚場は鈴木さんのお父さんが始められたわけですか?
鈴木利彦 最初は自分のおじいさんが鰻の養殖と金魚からスタートしまして、それをうちの親父が鰻を手伝いながら、昭和40年ぐらい、親父が20代の前半ぐらいで錦鯉の生産に変えていったという感じで、僕が3代目で息子の一誠で4代目になります。
―浜松市は鰻養殖の一大産地ですが、なぜ途中で錦鯉にシフトチェンジを?
利彦 自分もそうなんですけど、なんというか同じものばっかりで魅力がなかったのと、錦鯉の魅力にはまってしまったんだと思います。それに、鰻屋さんは現金を何千万とか持って買い付けに来るような人たちばかりで、うちの親父は優しい人だったもんだから、 ちょっとついていけなかったのかもしれません。
―当時、浜松で錦鯉の生産をやられている人はほとんどいなったわけですか。
利彦 専業はほとんどいなかったと思いますよ。鰻の傍らで少し錦鯉をやっているぐらいで。今はもう錦鯉の生産はやられていないんですけど、当時はうちの親戚になる二橋養魚さんの親父さんと一緒に新潟に稚魚を仕入れに行って、ここら辺では珍しいから販売したりして、それが面白くてやり始めたんです。それで選別とかが大変だったから、親父の一番下の弟も一緒に手伝って本格的にやるようになり、そこに僕が入ったという感じですね。
―鈴木さんは何歳で入ったんですか?
利彦 僕は高校卒業してからすぐなので18歳からです。ただ、小さい時から錦鯉が好きだったかというとそうではなかったですね(笑)。やり始めてから奥深さを知って、好きになっていきました。
―一誠さんは今年で何年目になりますか?
鈴木一誠 6年か7年目になります。高校を卒業するまで鯉をやるつもりは全くなかったんですが、3年生になる直前ぐらいに祖父が体を壊し、徐々に本格的に仕事ができなくなってしまって。今まで3人でやっていたのが2人になってしまったから、その減った分を手伝ってほしいという感じで、アルバイトと養魚場を掛け持ちしながら手伝っていたんですけど、半年後ぐらいに養魚場に入ることになりましたた。












