鯉牧場(北海道) 植森脩太郎さん

気づいたら鯉の世界に?
躍進する元日本代表アスリート
「この道に進んでよかった」

「鯉って何?」――生きものが苦手な青年が描いていた未来は、プロのアイスホッケー選手。18歳以下、20歳以下の日本代表にも名を連ねたほどの実力者だけに、スカウトを受けて夢舞台への道は開かれていた。だが、一人の愛好家との出会いから、人生は想定外の方向へ進むことになる。
 鯉牧場は、前身の㈱三共コンサルタント養鯉部の振興会加盟が2019年10月という、比較的若い鯉屋だ。同場を一人で切り盛りする植森脩太郎さん(28)は、大学卒業後に㈱三共コンサルタントに入社。将来を嘱望されていたアイスホッケーに区切りをつけ、会社員としての道を歩むはずが、担当業務はなぜか錦鯉……。
 それでも持ち前のガッツと明るさを武器に、瞬く間に錦鯉業界に溶け込んでいった植森さんは、大手生産者や流通業者との付き合いを通じて販路を拡大。今では国内のみならず海外でも、その販売鯉の質の高さが認められ、全国大会で多数の大賞受賞鯉を取り扱うまでになった。
 考えたこともない錦鯉の世界に戸惑っていた青年は、6年の歳月を経て「今は本当に楽しい」と笑顔を見せる。小千谷市浦柄にある鯉牧場の新潟ハウスで、植森さんの半生、そして鯉牧場のこれからを聞いた。

アイスホッケー選手目指すも、
いつの間にか鯉屋になっていた

―まずは植森さんが、錦鯉業界に入った経緯を教えていただけますか。
植森 僕の彼女のお父さんが、梨木保雄さんという愛好家で。梨木さんは北海道の三共コンサルタントという会社の会長(当時は社長)で、もともと鯉を飼ってたんですけど、会社の事業としてやることになって、それを僕が担当するようになりました。
―いわば三共コンサルタントの養鯉部ですね。その後、鯉牧場として独立する形になって。当時の三共コンサルタントは、北海道のお客さんに鯉を販売したり?
植森 基本はネットで、ヤフオクなどから始めた感じです。
―そういえば、鯉牧場の前は三共コンサルタントで振興会の北海道支部に加盟していましたね。植森さんは北海道出身なんですか?
植森 ちょっと複雑なんですけど、生まれは東京なんです。それから中学2年生まで大阪にいて、3年から北海道です。大学は東京で、卒業するタイミングで北海道に戻って三共コンサルタントに就職しました。ただ、最初は三共コンサルタントの本業の仕事をするつもりで入ったから、鯉のことはまったく考えていませんでした。僕の道は三共コンサルタントの本業のほうか、アイスホッケーのプロになるかしかなかったので。
―植森さんがアイスホッケーの選手だったという話は聞いていますけど、プロの世界に手が届くレベルだったわけですか?
植森 そうですね。4歳からやってて、アンダー18(18歳以下)とアンダー20(20歳以下)の日本代表にはなってるので。
―そうなんですか! すごいですね。
植森 大学1年のときから、プロの2チームからは声がかかっていて。それか、プロじゃなくて実業団というか社会人リーグみたいなのがあって、仕事をしながらホッケーやるか。自分の道としてはそのどちらかだったんですよ。スーツを着て一般企業に勤めてというのは、絶対無理だと思っていたので。

第54回全日本 成魚総合優勝 第55回全日本 成魚総合優勝
第40回全国若鯉 48部国魚賞 第41回全国若鯉 53部国魚賞

受賞者/Hartono Sukwanto
作出/近藤養魚場㈱ 取扱/成田養魚園㈱
取次/Samurai Koi Centre