ブリーダーズインタビュー 渋谷耕一さん(山形)
「こんなに熱中するなんて…」
増える池、鯉、友、楽しみ広がる
風格ある松の巨木が印象的な庭と池。渋谷家は、当地で先祖代々300年以上の歴史があるといいます。以前はこれといった趣味がなかったという渋谷さんですが、今では錦鯉は「生活にうるおいを与えてくれる」欠かせない存在。その飼育環境は、本格的なコンクリート池と雰囲気のある庭池、越冬用の屋内シート池、野池、水槽とまさにフルコース。「朝起きて鯉を見て、夜はお酒を飲みながら鯉を見ます」と笑う渋谷さんを、本誌2022年12月号の愛鯉家訪問で紹介した友人の渡部喜一さんの案内で訪ねました。(取材:2023年6月)
「庭の引き立て役」だった錦鯉
池を作って魅力に取りつかれ
水田が広がる一帯は古くから水資源に恵まれ、水路を引き込んでいる自宅裏の庭池では、かつて食用の真鯉を飼育していたこともあるという。自宅に残る庭池の写真は昭和4年撮影のものが最古だが、渋谷さんによればその歴史はさらに200年以上さかのぼる。中央に小島がある池の形は少なくとも昭和4年から変わっておらず、居間からの眺めは絶好のポジションだ。古い庭池で水深が浅いため、現在はピークを過ぎた鯉の余生の場としての役割で、庭に彩りを添えている。この池には渋谷さんと長い付き合いの鯉も多く、池のほとりに立てばすぐに寄ってくるのだとか。
品評会も視野に入れた本格的な飼育は、5年前に前庭に作ったコンクリート製の池で水量は約12トン。全体の形状としては台形に近いが、大きな庭石を避けつつ最大限の水量を確保するため、四辺はそれぞれ直線ではなく微妙にカーブしているのが特徴的。池はリビングや洋間から眺められるほか、天気の良い日はウッドデッキでの観賞も贅沢な時間だ。



メイン池での飼育は3歳鯉が中心で、約25尾。景観を考えて、2槽式の濾過槽と湧清水10型は池からかなり離れたところに、建物の陰になるように配置。池のそばにある沈殿槽から水を引き込んでいる。濾材は樹脂製のメッシュやハニカムなどで、水質調整用にカキ殻も使用。当地は水田を潤す沢水は豊富だが、地下水は乏しいといい、飼育水は水道だ。
完全な屋外飼育で、かつ雪の多い地域でもあるため、11月中旬から4月いっぱいまでは池に蓋をかぶせて越冬させる。
「雪の重みに耐えられるよう、丈夫な角材を渡してコンパネを張って、その上にシートをかぶせています。循環やエアレーションは動かしたままで、春になっても水は綺麗だし、痩せたりツヤが落ちることもありませんよ」
越冬明けの美しさは、後述の屋内池よりこちらのほうが上とのこと。取材は6月上旬だったが、給餌再開間もない時期ながら色ツヤは良好で、環境の良さがうかがえた。



池を作ったスペースは、もともと防災用や冬季の雪捨て場として使用していた貯水枡だったところ。そこで冬の間のタンパク源として真鯉を飼うのは、かつてはよく見られる光景だったという。
「子供の頃はその鯉上げが大嫌いだったんですよ(笑)。だけど父が亡くなったあと庭に興味が出てきたので、黒い鯉ばかりでは面白くないということで、色のついた鯉を買いに鯉屋さんに行ったんです」
向かった先は、鶴岡市の鯉の羽前屋。最初は飼育がうまくいかず、食べるだけ餌をやって死なせてしまうことも多かったが、当時はあくまで庭優先で、鯉は庭を引き立たせるための存在。死んでしまったら安価な新しい鯉を入れ、本格的に飼育するつもりはなかった。ところがあるとき、店主の故・岡本助治さんから池を作ることを勧められる。
「そんな大それたことを、と思いましたよ。庭のために鯉を飼い始めたので、あまりお金をかける気はなかったですから(笑)。濾過のこととか、田んぼの水路の水はダメということも知らない。それでも、渡部さんの池を見せてもらって、こういうふうに作るのかと勉強して。池を作ってからも、雪の重みで蓋がつぶれたり、庭池の鯉を獣に食べられたりいろいろありましたけど、そのつど渡部さんに教えてもらいました」